先日、社交ダンス界のお偉い先生宅に年賀に出かけ、ダンスの議論の最中に、私は、「社交ダンスの世界チャンピオンと日本チャンピオンを決めてはいけないと思っています」と言ってしまいました。
思えばその昔、私がまだ若い頃は、社交ダンスのチャンピオンを目指していたものです。
その時に、途中挫折してチャンピオンになれなかった悔しさを根に持って、こんな事を言っているのではありません。
(いや、もしかしたら1割くらいはあるかも!)
ちょうど昨年の今頃、この学院長日記で、私は「社交ダンスはスポーツではない」というテーマで同じような事を書いていましたね。
世界一・日本一を決めるには、少なくとも、その分野の最高レベルでは、客観的に見たはっきりとした優劣の基準がなくてはならないのです。
しかし、社交ダンスの競技会での審査の基準は、すべて審査員の主観だけに任されていて、何もないのです。
ですから、世界一、日本一などと決める事はできないのです。
上手い下手のはっきりとした基準がないものは、他にどのようなものがあるでしょうか。
バレエ・フラメンコなどのダンス、ピアノ・歌などの音楽、映画、絵画、小説・・・
これらは皆、芸術ですけど、他にもいくらでもあるでしょう。
これらの分野では、世界チャンピオンはいません。
例えば、映画でいえば、アカデミー賞は娯楽性が好きそうな審査員の感覚にあう映画が賞を取り、ヴェネチア国際映画祭は社会派の審査員の感覚にあいそうな映画が・・・という具合で、決して世界一を決めるわけではないのです。
もちろん、社交ダンスの技術の向上の為には競技会は必要でしょう。
それは、全日本選手権ではなく、MHK杯とか、Shall We Dance賞とかにすれば良いのではないでしょうか。
そして、○△カップのチャンピオンはたいしたことはない、×◇祭のチャンピオンは一番上手いと思う、などと皆が勝手に考えればよいのです。
しかし現実的に考えると、チャンピオンを作らないと、業界は盛り上がらないし、世間にPRできないのでしょうね。
でも、それが社交ダンスの本当に正しい発展にはなっていないのではないか、と私は思いますが・・・
皆さんはどうお考えでしょう。